第3日目  12月1日(月) その1


 小さな星空
 明け方にふと目がさめ、時計を見ると5時45分だった。
 外はまだ暗い。でも、ひょっとして・・・とバルコニーへ出ると、相変わらずの曇り空だったが、頭上にぽっかりと穴があいており、やっと星空に出会うことができた。満天の星空、とはいかないが、それでもさながら小さなプラネタリウム。オリオン座がひときわ明るく輝いていた。東京ではこの明るいオリオン座くらいしか見ることができない。

 上着をはおって、屋上にのぼった。部屋のバルコニーよりは視界が開けるのではないかと思ったのだ。
 屋上に出て驚いたのは、灯台の光の強さ。光の刀で周囲の闇をなぎ払うように、360度その長い白い光が回っていた。遠くでまたたく灯台の光を見たことはあるが、こんなに近くでその力強さを感じたのは初めてだった。
池間島の夜明け

 自分の身体の上を光が通過していくので、なんだか落ち着かず、また部屋に戻ってしばらく星空を眺めていたが、6時15分ごろには雲が広がり、つかの間のプラネタリウムは終了してしまった。

 身体が冷えたので、少しベッドの中にもぐりこみ、今度は6時半ごろ外に出た。あいにく東の空には雲がかかり、日の出は見ることができなかったが、雲の隙間から真っ赤に染まった空が顔をのぞかせていた。
 旅先の縁
 身支度と荷造りをして、7時半ごろビーチに下りた。今日もめぼしい宝物は落ちていない。
 今日の雲もぶ厚いが、時々青空が顔を出す。風もそれほど強くない。今日は宮古島の景勝地をめぐるので、少しでも晴れた空の下の海を見たい。「そんなに普段の行いが悪いわけじゃないんだから」と妙な自己弁護をしながら、ビーチに立って流れゆく雲をしばらく見ていた。
 今日の朝食は胚芽パンのトーストが2枚、野菜サラダ、スクランブルエッグ、パスタサラダ、ウィンナーもどき、コーヒー。朝陽がダイニングに射しこんできて気持ちがよかった。

 洗面台で歯磨きをしていると、おとといから1人で宿泊していた女性に声をかけられた。彼女も今日チェックアウトするのだということで、「今日はこれからどうしますか?」と聞かれたのだ。宿に来る際は、1日数本のバス便を利用したが、朝は丁度よい時間がないとのこと。
ラサ・コスミカの朝食

 私は9時半にタクシーが迎えに来てくれて、宮古島の観光をし、2時ごろ空港で降ろしてもらう予定だったので、「よかったらご一緒にどうですか? どこか途中で降ろしてもらってもいいし」と申し出た。彼女は夜の便だということで、少し悩んでいた様子だったが、途中まで一緒に観光してまわることになった。あとは運転手さんと相談しながら決めることにして、それぞれの部屋に戻った。

 宮古島1周ツアー
 9時半にチェックアウトして外に出たところ、すでにSさんのタクシーが道路に止まっていた。「1人増えたんですけど・・・」と言うと、「どうぞどうぞ」と快くOKしてくれた。

 まずは時計回りに池間島を一周して池間大橋に出た。このころには快晴とはいかないものの、青空が広がっていた。橋のなかばで車を止めてくれたので、両側の海をのぞきこむと、昨日とは全然青の鮮やかさが違う。残念ながら太陽光の関係で、あまりきれいな写真は撮れなかったが。

 宮古島から池間島の方に向かって西平安名崎(にしへんなざき)が突き出ており、そこには風力発電の風車が数基並んでいる。ガイドブックや絵はがきでよくこの風景が取り上げられており、私もよく目にしたものだが、今はその風車は無残な姿になっていた。9月に大きな台風が宮古島を襲い、壊滅的な被害をもたらしたのだが、この際、数基が倒壊し、かろうじて残った2基も羽がもがれてしまっていたのだ。橋の上から、その2基の風車が小さく白く見えた。

 砂山ビーチと前浜ビーチ
 運転手Sさんと訪問地や時間等を相談した結果、砂山ビーチ→与那覇前浜→来間島→うえのドイツ文化村・・・とまずは回ることになった。今日行動を共にすることになったWさんは魚が見たいということで、うえの文化村から出ている水中展望船に乗るために、そこで別れることになった。
砂山ビーチ 砂山ビーチ

 まずは砂山ビーチへと向かう。ここも絵はがきなどでよく使われる場所である。駐車場から真っ白な砂の丘をえっちらおっちら越えると、目の前に青い海が広がっている。この小さなビーチには大きな穴が穿たれた岩窟があり、その間から見える海の風景も美しい。
 Sさんによると、ここは海から風で吹き上げられた砂で出来たビーチとのことで、「今日は風があるからさー、砂が飛んでくるよー」と言われたが、「とりあえず行ってみます」とカメラを手に砂に足をとられながら山を越えた。

 山の頂上(というほどのものでもないが・・・)にのぼりつめた時に目に飛び込んできた青色のきれいなこと! しかし、その感動もバシバシ容赦なく飛んでくる砂つぶてに長続きしない。メガネだからいいようなものの、コンタクトだったら死んでたよーと思いながら数枚写真を撮って引き上げた。

 次はガイドブックなどでは「東洋一」と紹介されている与那覇前浜(よなはまえはま)へ。このビーチは毎年海開きやトライアスロン大会が行われる宮古島を代表するビーチである。幅7キロもの長さがあり、目の前には来間島、そして宮古島と来間島の間にかかる来間大橋がとても絵になる。
 シーズンオフのビーチには人影は見えない。背後には宮古島の老舗リゾートホテルである東急リゾートの大きな建物があった。前浜ビーチは目の前なので、前浜ビーチを堪能したい人には最適かもしれない。
前浜ビーチから来間大橋をのぞむ
逆光なうえに、縮小したら画像が荒くなりましたが、
前浜ビーチから来間大橋を見たところ。


与那覇前浜

 絶景かな〜
 次は来間大橋を渡って来間島(くりまじま)へ。この橋は日本一の長さの農道橋なのだそうで、1,690mと池間大橋よりも長い。島にはなぜか竜宮城の形をした展望台があり、そこからは対岸の前浜ビーチを一望することができる。ちょうど雲が切れて日が射していたので、エメラルドグリーンの海の色を堪能することができたが、高いところは風が強く、髪が逆立ってすごいことになってしまった。
来間島展望台から前浜ビーチをのぞむ

 帰り道、集落の中を通っていくと、牛舎があった。
 運転手Sさんによると、宮古島やこの周辺の島々で生まれた仔牛は神戸やら松坂など有名な牛肉ブランドの土地に買われていき、最後の仕上げをされるのだそうだ。
 神戸牛とはいっても神戸で生まれた牛ばかりではないらしい。島では最後の仕上げが難しいので、仔牛のうちに売ってしまうのだとか。
 宮古でドイツ?
 次にうえのドイツ文化村へ。なぜ宮古でドイツ?とお城の形をした建物を見て違和感をおぼえたが、ちゃんとその由来があった。明治6年に上野村の沖の方で座礁したドイツ商船を、上野村の人々が救助したのだそうだ。その勇気と博愛をたたえたテーマパークということで、ドイツの古城マルクスブルク城を模した博愛記念館や、リゾートホテルなどが広い敷地内に建っている。
 宿から同行のWさんとはここでお別れ。今日の1日観光の料金が1万円だったので、5千円渡されたが、乗車時間の割合的には私の方がもう少し長いので、6:4ということにして1,000円札を返した。彼女はここから出ている海中展望船に乗るのだそうだ。

 ひとりで土産物店などをのぞいてから、タクシーに戻った。場内の土産物店では、海辺にありがちなお土産物、宮古の特産品のほかに、ドイツ製の置物やクリスマス・オーナメントなどが並べられており、なんだか不思議な気分だった。
うえのドイツ文化村