Hotel Mijas
ホテル・ミハス

(スペイン・ミハス)





 1995年9月宿泊。
 私がスペインを旅先に選んだのは、この「ミハス」に行きたかった…というのが理由のすべてである。

 実は、この旅行の何年も前のこと。改装前の文房具屋でセールをやっていたので、ふらふら店内を見て歩いていたのだが、一枚のポスト・カードに目が釘付けになってしまったのだ。
 それは、白壁の家々がゆるやかな坂道に沿って並ぶ、異国の風景のポスト・カードだった。
 妙に心惹かれてそのハガキを買って帰り、額に入れてずっと飾っていたのだが、どの国のどの場所なのかずっとわからないままだった。白壁の家といえば、ギリシャかな…と漠然と思っていた。

 そして数年後。
 夏休みにどこか出かけよう、と旅行パンフレットを漁っていた私の目に、思いがけなくその憧れの風景が飛び込んできた。
 それは、スペインのアンダルシア地方に点在する白い村々のひとつ、ミハスの風景だったのだ。
 それまで、旅行先にスペインという選択肢は全くなかったのにもかかわらず、その瞬間に、もう私の頭の中はスペイン(というよりミハス)一色。あの憧れの風景を、この目でじかに見たい!
 幸い、同行の友達がスペインでいいよ、と同意してくれたので、とにかくミハスに立ち寄るツアーを探したところ、なんとその憧れの地に宿泊するツアーが存在したのだ。よっしゃー、これだー! 気合を入れて(?)申し込み、とにかく出発日を心待ちにする日々だった。

 ところが…この期待の「宿泊」が実は大きな落とし穴となったのだった。
 予定表では、4日目の朝、セビリヤを出発し、アルコス・デ・ラ・フロンテーラでシェリー酒の試飲、ロンダ観光、マルベーリャに寄って、ミハス着。
 そして、翌5日目の午前にミハスの散策後、グラナダ観光、その後、飛行機でバルセロナへ向かうことになっていた。
 しかし、5日目のフライト時間が早まったため、5日目はさっさとグラナダへ向かわなければならず、ミハスの観光は4日目の到着後…と予定が変更になってしまったのだ。

 予定通りであれば、4日目の夕刻にはミハスに到着する予定だった。
 しかし、予定は未定、シェリー酒の試飲が長引き、その影響ですべてのスケジュールがずりずりと遅れ、ミハスに到着したのはとっぷり日が暮れたあと。それでも意地で街へ繰り出したが(というか走っていた…)、レストランのテラスではワイワイガヤガヤにぎやかに人々が楽しんでいたが、土産物屋のシャッターは閉まる寸前。
 ツアー客は蜘蛛の子を散らすようにわらわら街に散っていったが、30分もしないうちに引き上げざるをえなかった。
 私が恋焦がれていた場所は、確かに「そこ」だったのだが、それはわかったのだが…まるで似ても似つかぬ風景に、ショックのあまり写真の一枚も撮ることができなかった。

 9時半過ぎの遅い夕食を食べながら、「私、ミハスに来たくてこのツアーに参加したのに…」と悲しみの極致の私はつい添乗員に愚痴ってしまった。すると、他にも同じような人がいたらしく、「早朝でよければ、明日、街の散策に御案内します」と申し出てくれた。
 もちろん、ありがたく参加させていただくことにしたのだが…指定された7時半は、まだ日の出前で真っ暗だった。
 しかし、意地でも散策すべし! 散策希望の6名プラス添乗員は、暗闇のミハスへ繰り出した。
 歩いているうちに、だんだん闇は薄闇に…うすらぼんやりとしたなか、怪しい集団(?)は街をうろつき、駄目モトで写真を撮り、まあ仕方ないよね…とそれなりに納得してホテルに戻ったのであった。

 後で後悔しても仕方ないのだが、もしミハスに泊まるツアーでなければ、30分でも1時間でも、とりあえず明るいうちに散策ができたのだと思う。あるいは、そんなツアーはなかったけれど、2連泊なら十分堪能できたのだと思う。
 初海外旅行(卒業旅行)は友達の選択だったので、このスペイン旅行が始めて自分で選んだ海外旅行のツアーだったのだが、ミハスにこだわりすぎてツアー選びを失敗したような気がする。(とにかくここの旅行社は、短い日程でぎゅうぎゅうづめの日程を組むので、初心者だった私は「わあ、安い割にいろんなところに行ける!」と思ってしまったのだ…)


ホテル・ミハス

 さて、肝心のホテルは、可愛らしい感じだった…のだが、庭に面しているせいか、窓はまるで牢屋のような鉄格子で囲まれていた。多分、防犯の意味でこうなっていたのだと思うのだけれど、なんか妙な気分だった。
ホテル・ミハス ホテル・ミハス