あんべ光俊 4月14,15日ーーーー”地元”釜石、仙台でライブ 音楽生活の集大成
仙台市在住のシンガーソングライターあんべ光俊(53)が、四月十四日に出身地の釜石市、十五日に仙台市でコンサートを開く。「デビューから三十一年。これまでの音楽生活の集大成をにしたい」と意気込む。
あんべが東京から仙台に活動拠点を移したのは六年前。転居は、あんべに多くの出会いをもたらした。岩手県、遠野市の民間大使としての活動、そこから生まれた沖縄との交流、「とっておきの音楽祭」などのチャリティーコンサートや中国琵琶奏者ジャン・ティンのプロデュース・・・。
「出会いに恵まれたのは、東京にいるより地方にいる方が個人の顔が分かりやすいから。仙台は緑が豊かで自然に癒されているのを実感する。東北の温かさを伝える活動をしていきたい」
釜石、仙台両公演には「あんべ光俊音楽旅団」として活動を共にしている元オフコースの大間ジロー、松尾一彦らのほか、あんべがCDをプロデュースしたジャン・ティンも歌と中国琵琶でゲスト出演する。あんべは「みんなキャリア豊富で自己主張も強いが、知恵を出し合っていい音を出していく」と話した。
コンサートに先立ち、昨秋リリースした最新アルバム「そこに咲く花のように」(日本クラウン)には、東北で感じた喜びや惜別の思いが、さわやかな風のようなサウンドに乗せてつづられる。
昨年五十二歳で死去したフォークソンググループNSPのリーダー天野滋にささげた「風花(かざはな)」、アテルイ没後千二百年記念歌「天空アテルイ」など十一曲を収録。「東京にいては生まれなかった音楽」と制作を振り返った。
釜石の市民文化会館は午後六時半開演、全席指定四千円(高校生以下は当日会場で二千円払い戻し)。仙台は市民会館で午後六時開演、S席六千円など。GIP022(222)9999。
最後までライブに情熱
「一関市出身で叙情派のフォークソンググループ「NSP」のリーダー・天野滋さんが一日、五十二歳の若さで亡くなった。大腸がんを患い、最近は視力も極度に悪くなっていたが、三月までライブを続けていた。東北の同世代の関係者たちは、口々にその早すぎる死を悼んでいる。
以前から親交が深かったシンガー・ソングライターでプロデューサーのあんべ光俊さん(五一)=釜石市出身、仙台市在住=は、病気のことを知らされていたという。三月十二日には、最後のライブ会場となった東京・渋谷の公会堂に駆けつけた。
「彼はライブの最後に『今は眼が悪いが、必ず元気になって戻ってくる』と聴衆に言っていた。漫画『あしたのジョー』のように、ステージで燃え尽きたかったのだろうか」と心中を推し量る。
あんべさんは早稲田大の学生だったころ、ラジオの深夜放送でNSPのデビュー曲「さようなら」を聴いた。「いい曲だった。自分も後に同じ世界に進んだが、天野さんらはいつも目標の一つだった」と思い起こす。
「体調を崩したのは知っていた。それにしても早過ぎる」と語るのは、一関高専時代からの友人で団体役員の佐藤一則さん(五二)=一関市=。同学年で共に遊び、勉強もした間柄だった。
「彼らの歌は青春だった。ようやく自分を振り返ることができる年齢になり、二〇〇二年のNSP復活も喜んでいたのに」と残念がる。
元オフコースのドラマーで秋田市在住の大間ジローさん(五一)は、天野さんの音楽を「アナログ精神の良さを失わず、どこか懐かしさが漂っていた」と評価。「音楽界にとって重要な人物を失った」と悔やんだ。
2001.10.8 仙台市役所前市民広場
朝からの曇り空。出かけるとき、ぽつぽつと雨粒が車の窓ガラスにつき始めた。
降りはひどくならなかったが、ステージ会場では透明なテントが貼ってあり、その中でリハーサルが行われていた。あんべさんが前のテント、竹田さん、吉田さん、大間さん、V.A.freedomの二人、松尾さんが後ろ。リハーサル中にはステージから客席の方へ回り、音を確かめていたあんべさん。真剣な「プロデューサーあんべ」の顔を近くで見た。
4時30分から「あんべ光俊&音楽旅団」のステージ。「&」が入っているということの意味は?
あんべさん登場。オフホワイトのスーツ。身ごろに大きな赤いりんごをモチーフにした柄が入っている。白いスニーカー。
♪「JALANの風」
「星の旅」のリズムを大間さんがアンデスドラムで刻み始めた。
あんべさん「台風は、まだこないよね、みんなで、来るなって息を吹きかけよう、大空に」
♪「星の旅」 客席の一番前でリズムをとって踊っている女の子を見て微笑むあんべさん。間奏では自分でも軽くステップを踏みながらギターを弾いていた。
メンバー紹介。松尾さんには「監督、もう引退して、あれですけども、今日の天気はどうですか」とふると松尾さん「天気のわりには気分が晴れ晴れしてます、はい。青空のように晴れ晴れしてます。」と、ものまね。会場爆笑。V.A.Freedomの紹介。山田さんの名前を間違えた(わざと?)。
あんべさん「街角に立っていろんな人のプレイを楽しんできた。左手だけでピアノをずっと弾いている人など。それが大変だというよりもプレイの素晴らしさに息を飲んだ。そんなプレーヤーがたくさん街角に出ている。日頃家にいる人も街角に出てきている。」
♪「イーハトーヴの風」
♪「少年の樹」
5時までの30分、あっという間のステージだった。
5時からはフィナーレで演奏する人たちのリハーサル。何度かあんべさんも登場。
6時からあんべプロデュースのフィナーレが幕を開けた。
ステージ脇に名取養護学校の生徒たち、手作り楽器を持って入場。
オープニング。竹の音のリズムで始まった。(トゥンガトンとブンポンという楽器だそうだ)次第に楽器の数が増え、大きなリズムの輪ができる。
♪「オハイエ」Megu-mixとあんべさん。ダッシュ、仙台すずめ踊り連盟の人たちが踊り、名取養護の高等部生徒がリズムを刻む。
Megu-mix「皆さんこんばんは、今日は皆さん一緒に楽しみましょう」
♪「夜のしずく」Megu-mix&あんべ&音楽旅団&音楽旅館。
司会進行:渡辺祥子さん。「オハイエ」演奏者の紹介。
つぎに団体が順番に登場し、演奏が続けられた。
長崎瑞宝太鼓、荒川ファミリーアンサンブル、尾崎綾子。
大和ハーモニービューティフルシンガーズとMegu-mixが歌う「わたしと小鳥とすずと」は、金子みすゞの詩に李仁美さんが曲をつけたもの。「みんなちがってみんないい」がこの音楽祭のコンセプト。
フレンズドリーム(フォルクローレ)、仙台すずめ踊り連盟。
加川よしくに&あんべ光俊&音楽旅団♪「自然の中で」・・・加川さんのオリジナル曲を一緒に演奏。あんべさんがギターとコーラスを担当。最後の方になってあんべさんの瞳に光るものが。
演奏が終わった後、加川さんとあんべさんがしっかりと握手。司会の祥子さんに「いい顔をして演奏されていましたねえ。どうでしたか。」と聞かれ、あんべさん「曲を聴かせて頂いて、本当に染み入っちゃって、どうしても一緒に演奏したい、という気持ちになりましてね、今、ぐっときてしまいました。掛け値なしにいい歌ですね。」
(歌詞を知りたい方は加川さんのHPへ。)
話の最中に次の準備が始まり、「そでの明かりを照らしてください」と、フィナーレプロデゥーサーならではのしきり。「安全第一ですから」「ここからがまた楽しいんですよ。ずっと好きだったサルサ・ガムテープの皆さんがごきげんな歌を演奏してくださいます。」
サルサ・ガムテープの登場。名取養護高等部、すずめ踊り連盟、仙台サンバクラブも加わり♪「フライドチキン」の演奏。「全員で立って踊ろう」の声に、会場総立ちでリズムを刻み、盛り上がった。あんべさんはステージの中央でギターを弾きながらのりのりで歌っている。盛り上がり最高潮。
実行委員、スタッフもステージへ。最後の曲はテーマソング「オハイエ」。
あんべさん「オハイエというのを手話でやってみよう。おはようの‘おは’、‘イエー’歌いながらやってみよう」「みんなの心に住んでいるステキな気持ちのことです。オハイエでまた来年、会いましょう!」
♪「オハイエ」大合唱。途中であんべさんの後について掛け合いのように歌う「おはよう アハハ〜」なんだかあんべさんを中心に会場全体に大きな輪ができているようだ。あんべさんのすごくうれしそうに歌う姿が印象的だ。
最後にあんべさんの大きな声「ありがとう!」で終了。
終わってからも素晴らしい盛り上がりで、立ち去るのがおしいくらい。
出席者1300人、スタッフ500名、観客総勢45000人の大音楽祭だった。
2月14日(水)付 河北新報記事
障害のあるなしに関係なく音楽を楽しもう−。バリアフリー(障壁除去)をうたう新世紀・みやぎ国体と第1回全国障害者スポーツ大会の開催に合わせ、障害者と健常者が一緒に演奏を楽しむ「とっておきの音楽祭」が10月8日、仙台市で開かれることになった。
音楽の世界でのバリアフリー実現を目標に、仙台市在住の音楽家や福祉団体のメンバーでつくる実行委員会は現在、曲や歌詞を提供する「音楽サポートスタッフ」とステージ演奏の参加者を募集している。
音楽祭に参加する人の居住地、演奏ジャンル、楽器などの制限は一切ない。音楽が好きな人ならだれでも参加できる。
会場は仙台市青葉区の定禅寺通りと勾当台公園。野外コンサート形式で開催し、通りかかった市民に気軽に聴いてもらう趣向だ。実行委員長に就任したピアニストの稲垣達也さん(45)=仙台市若林区=は「多くの市民に関心を持ってもらうために、建物というバリアも外した」と話す。
音楽祭は、来年以降も開催する予定だ。実行委員会は「仙台の新しい名物にしたい」と意気込んでいる。問い合わせ、申し込みは実行委員会022(728)9370へ。